むしろ庶民がおそれたのは、盗賊や異教の襲撃よりも、死者の霊魂の再来がもたらすと信じられた災厄のほうであった。霊魂では、いくら塀をたかくしてみても、その侵入をふせぐことができない。それよりは、死者の魂をしずめる霊験あらたかなお札の一枚も門口にはっておいたほうがよいという考えかたが、ながらく庶民の意識の深奥を支配していたようだ。神社の神域には、しめ繩に紙垂をくくりつけたものをはりめぐらすことにより、霊魂を封じこむというのも同様である。
(参考)
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このしめ繩は、いわば「日本の垣」の考えかたの原型のようなものであろう。つまりしめ繩でも垣でも、容易に内部をみすかすこともできるし、またこれをのりこえようとおもえば、かんたんにのりこえられる。それは、一種の領界をしめす――けっかい、しるしとして存在するものなのである。障壁と結界(寺院の内部で内陣=聖なる世界と、外陣=俗世界とを区ぎる木柵)――それが今日の塀と垣をわける性格の基本的なちがいであろう。